CD "Transience" について


 自分のバンドをいったいいつから始めたのだろうか?さっぱり思い出せないので、過去の手帳を引っ張り出して見てみたところ、原型となるものはどうやら1997年の11月からでした。つまり、もうかれこれ13年も続けていたわけですね。ただ毎月定期的にライヴをやって来たという程ではないので、細々と続けて来たという感じです。最初はサックストリオで始めたのですが、何年か後にカルテットにして今に至っています。このバンドでは基本的に僕自身のオリジナル曲を中心に演奏しています。自分の曲を演奏できる機会は自分のバンド以外では殆どありませんから。スタンダードを演奏するのは大好きですが、その一方、自分で曲を作り、アイデアを試したりしながら演奏する場も大切だと考えています。しかし、あまりにのんびり活動して来たせいか、近年はすっかりライヴの回数も減ってしまい、去年(2010年)に至ってはほとんど休止状態となっていました。これではいけません。そこで、この際思い切ってCDを作ろうと思ったのです。オリジナル曲は充分あるし、せっかく長いこと一緒にやってきたメンバーならではの演奏を記録しておきたい。僕個人的にもそろそろ自分のアルバムに挑戦するべきではないか、とも思っていました。細々と都内でライヴをやっているだけでは、東京以外の人々に聴いてもらう機会も無いですしね。いろいろ考えた末にWhat's new recordsさんに話を持って行ってみると、ありがたいことに快くOKしてもらえました。

 さて、それぞれ忙しいメンバーの予定をなんとかやっと調整し、リハーサルとレコーディングの日取りを決めたのですが、レコーディングの2ヶ月程前から、僕自身の健康状態が悪化し始めます。軽い咳が続いていたので、近所の病院で簡単な検査をして、処方された薬など飲んでいたのですが、症状はどんどん悪くなる一方で、しまいには大きな病院を紹介され、なんと肺がんの疑いで入院して精密検査を受ける事になってしまいました。それもまずいことにレコーディング直前の2日間の入院です。検査後はその影響でいつもより更に咳が出ると医者に言われていたし、そもそもレコーディング本番まで2日間も楽器にさわれないので、よっぽど予定を延期しようかどうしようか迷いました。しかし、もし検査の結果が悪かった場合、つまり肺がんだった場合、すぐに治療にとりかからなければならないだろうし、もうレコーディングする機会さえ無い可能性だって考えられます。レコード会社と相談した結果、とりあえず予定通りやれるだけやってみるということになりました。初めての自分のCDのレコーディング当日までに2日間も楽器を触れないなんて、最悪です。他の楽器もそうでしょうが、ベースはほとんど毎日弾いていないと、手や指のコンディションを保てないのです。しかし、もうそれどころではなかったですね。もしかしたら、それでも今が最高のコンディションであり、この先はこれ以上を望めないかもしれないわけですから。抗がん剤治療となれば、長期入院を繰り返し、演奏できるコンディションを取り戻すにはかなり時間がかかるでしょう。2日間の検査を終え、レコーディング当日の午前中に退院。楽器を取りに家に帰り、午後スタジオへ向かいました。コンディションが良いとは言えませんが、まだレコーディングできるだけ幸運でしょう。幸い収録中はなんとか咳を我慢する事ができ、レコーディングは無事終了しました。なんだか他人事のような妙な気分でしたね。このCDが発売される頃はもうこの世にいないんだろうな、とまで思っていました。肺がんについては本でいろいろと調べましたが、死亡率が高いうえに、自覚症状がでている場合はたいてい末期なんだそうです。

 1週間後に検査の結果が出て、とりあえず肺がんではないらしいことが分かりました。そこでやっと、「ああまだ生きるんだな」と思えました。結局、肺分画症という、珍しい病気である事が分かり、1ヶ月後に肺葉切除の手術を受けました。まあ、それはそれで、かなり大変でしたが、肺がんよりはまだ運が良かったと言えるでしょう。そんな事情もあり、このレコーディングは僕にとって、良くも悪くもとても思い出深いものとなっています。僕自身はそんな状況でしたが、メンバーはそれぞれ素晴らしい演奏をしてくれました。バンドとして非常に良いCDができたと思っています。録音の音もとても良いと思います。

 ベーシストのアルバムならば、普通ベースが大きくフィーチャーされていたりするものですが、録音が終わって気付いてみると、ベースソロがあまりありませんでした(笑)。意図した訳ではないんですけどね・・・、まあ、そういうのはこの次にとっておくことにしましょう。このアルバムができるだけ多くの人に楽しんでもらえる事を願っています。ベーシストのアルバムだからと敬遠せず、勇気を出して(笑)CDを買って聴いてくださいね!